求め続けて見つけた、一流の仕事場
青山で4代続く老舗花屋が、矢作浩之さんの仕事場だ。毎朝7時半に出勤し、仕入れ先から届いた花や枝を、幾束もほどいていく。蕾の開きを調整するものや特別な注文品は取り分けて、多くは枝振りを確かめながら、店に並べる水揚げ用の桶に入れる。美しい花々に囲まれるのは魅力的だが、冬も暖房を抑えた土間空間での水仕事は、さぞや辛いだろう。「いえ、嫌だと思ったことはないですよ」 子どもの頃から樹木が好きで、京都の庭に憧れた。庭づくりを学ぼうと志したが叶わず、大学ではデザインを専攻。造園会社へ就職したものの、山奥に配属されて1年で退職した。それでも好きな植物に関わる道をあきらめず、見つけた就職先が『花長商店』だ。花を生けた経験は全くないが、山野草や枝ものといった、和花を扱うことが単純に「かっこいい」と思った。 配達から始め、植物の扱い方や花の名前を季節ごとに覚えていく。だがすぐには身につかず、1年後には覚え直し。鮮やかな花々が並ぶ陰にある下仕事を黙々と続けた。店長になっても、その姿勢は変わらない。日々繰り返していくことで、得られるものがあるからだ。 「店のお客様には有名な華道家や茶道の家元が多くいらっしゃいます。その方たちや社長の生ける花は、どんな本より素晴らしい。一流の人たちの花選びを日々体験することで、自分にも少しずつ身についていくと思っています」植物と人、最善の出会いをデザイン
先輩から言われるのは、「花屋の仕事は芸術家ではない」ということだ。その日ある限られた材料、お客様の依頼、予算、生ものである花の状態。これらを頭に入れながら、余計な時間をかけずに美しく花を合わせなければならない。瞬時に最善のパズルを組み合わせるために、デザイン的な構成力が求められる。また華道家からの特別な注文には、作家の意図にふさわしい花材を準備する。家庭用であれプロのためであれ、誰かが花を飾る晴れやかな瞬間のために、植物と人をいい状態で出会わせる。美しさをつないでいくのが花屋のデザインなのだ。その仕事をムダなく研ぎ澄ますためにも、「“しまりのある花”を判断する目、早く美しいアレンジをつくる技術を向上して、もっと花を活かしきりたい」という。 自分の道を見つけるには、表現したい欲求を追い続けるしかない。たとえ思い通りの道でなくても役に立つ術が一つ増えるし、続けることで粘り勝ちするかもしれない。林に花材を採りに行く時は、前職での山歩きが役にたつ。趣向を凝らした茶会の話は、美術の知識が理解の助けになる。経験をすべて栄養にして、一歩ずつ階段を上るような謙虚な姿勢のなかに、熱い意志が伝わってくる。 矢作さんは、これまで見聞きしてきた日本の花の扱い方や技術を、多くの人に知ってもらいたいと思うようになった。「大げさですが、花が好きな自分は、まだこの分野でできること、役割があるような気がしています」profile
やはぎ・ひろゆき 1976年千葉県生まれ。2001年明星大学でテキスタイルデザインを学んで卒業し、庭づくりを目指して造園会社に入社。緑化部門に配属され、1年間山歩きの日々を過ごし、退社。2002年花屋『花長商店』に入社、2014年から店長に就任。


